脳・神経系の機能に関する研究では、分子・細胞(ニューロン)・局所的な神経回路などさまざまなレベルにおける理解が急速に進んでいます。 しかし、複雑なネットワーク構造を持つ脳・神経系が、いくつものニューロンや局所神経回路の活動を組み合わせて、一つの「系(システ ム)」として機能するための基本ルールには,不明な点が多く残されています。 私たちは、モデル動物線虫C. elegans の匂いに対する誘引行動や忌避行動というシンプルな感覚応答行動を主な対象として研究を行っています。
C. elegans の神経系(図1)はわずか302個の ニューロンから構成されており、モデル動物として唯一、化学シナプスやギャップ結合などによる神経回路網の全接続様式が既に明らかになっています。この神経回路網の情報と、分子遺伝学・分子生物学・神経細胞活動のイメージング・行動の自動計測などさまざまな先端的な手法を 組み合わせた解析によって、脳・神経系の「系(システム)」としてのはたらきとその構造の関係を、より明確に理解したいと考えています。
最近私たちは、C. elegans が嫌いな匂いを事前に感ずると、嫌いな匂いをより強く避けるようになる事を発見しました(投稿中)。特定の刺激を経験した後にその刺激への応答性が低下する「慣れ」や「順応」は、さまざまな実験系で詳細な研究が行われています。これに対して、刺激の経験による感覚応答の増強に関する研究は極めて限られているので、C. elegans の忌避行動の研究から、新しい神経機能の原理が明らかになるかもしれません。 現在、この「匂い忌避行動の増強」について、必要な遺伝子カスケー ドや神経回路における活動変化の解析を進めています。
「好きな刺激に近寄る(誘引)」や「嫌いな刺激を避ける(忌避)」
という行動は、簡単であるように考えられます。しかしこれらを実現するためには、(1) 刺激がどちらの方向から来ているのかを判断
し、(2) その方向に対して近寄るか避けるために体中の筋肉を協
調して動かす必要があります。特に、光や音は空間的な位置が分かり易いですが、匂いなどの場合はどうすれば刺激の方向を特定することがで
きるのでしょうか?
私たちは、超高解像度カメラなどでC. elegans の動きを解析する事(図2)や神経細胞の活動を測定する事によって、誘引/忌避行動のための新たな神経回路活動の解明を目指しています。
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